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【夏休み特別企画】開催レポート

2022 年 8 月 8 日(月)10:00~12:30

· 自然から学ぼう,夏休み特集,環境問題,レポート,身近な自然

博物館から自然をみる 〜イルカ・クジラ編 / ハチ編〜

―自然史・標本・研究―

▪日時: 2022 年 8 月 8 日(月)10:00~12:30
▪場所: 3×3 Lab Future サロンゾーン(東京都千代田区大手町 1-1-2 大手門タワー・ENEOS ビル 1 階)

開場まで約 1 時間。まだ朝の 9 時前だというのに大手町駅地下通路から地上へと出た途端、強い日差しがジリジリと肌を焦がし、永代通り沿いの街路樹や皇居、3×3 Lab Future 前のホトリア広場の旺盛な緑のそこかしこから響き渡る、どよめきにも似たセミの大合唱。いかにも夏休みらしい酷暑のなか、このイベントは開催されました。

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今回のイベントは、ともに国立科学博物館に所属する研究者で、クジラ先生こと、田島木綿子先生と、極小のハチ・タマバチの研究をする井手竜也先生のお二人を迎えておくる、豪華二本だて。

地球上で一番大きな生き物・クジラと、小さな体にダイナミックなパワーを秘めたハチ。研究対象の大きさが全く異なるお二人に、それぞれの研究内容や次世代へつないでいく標本の意義、そして「いつもはどんな活動をしているの?」などを語っていただき、博物館をホームに活動する研究者のディープな日常・思いに触れる、貴重な機会となりました。

図らずもコロナの第七波がやってきて、直前で参加を見合わせることとなったご家族が数組いらっしゃるなか集まってくれたのは、4 歳から 14 歳までの 11 名の子どもたちと保護者の皆さん、計 18 名。 まずは田島先生が登壇し、私たちと同じ哺乳類でありながら大海原で生きることを選んだイルカ・クジラのお話しからスタートです!

標本だからこその、“超”接近!

▪第一部: イルカ・クジラ編「大きなクジラのひみつのお話」

田島木綿子先生といえば、メディアにもたびたび登場される有名人。溢れる知識と経験を携えて海獣類の魅力や自然の尊さをわかりやすく伝える著書やお話しが、各方面で人気です。 今回 、お友だち2名で参加してくれた都内の中学2年生も、「 田島先生が来られると聞いて申し込みました!」と、イベント参加のお目当ては “クジラ先生” だったそう。

何しろ 20 年を超えるキャリアを持ち、これまで優に 2000 頭を超えるクジラの調査解剖を行ってきた先生は、海獣研究の第一人者。少人数で直接お話しを聞けるなんて、大人にとっても滅多にないチャンスです。

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先生は主に、「ストランディング」をテーマに研究を続けています。聞き慣れない言葉ですが、大もとは「strand」。海の哺乳類、クジラやイルカなどが何らかの理由で陸へと打ち上げられ、自力では海へ戻れなくなった座礁状態、をいうのだとか。 巨体を陸へとあずけ、身動きの取れなくなった痛々しいクジラの姿を、ニュース映像などでご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

とはいえその現象は、何もニュースになるほどの “珍事” というワケでもありません。全世界に約 80 種いるとされるクジ ラの約半分が日本周辺に棲息していることもあり、報告されるものだけでも国内で年間 300 件、つまりほぼ毎日どこかの海岸でクジラのストランディングが起きているのだそうです。

ヒトと同じ哺乳類であり肺呼吸をしているにも関わらず、陸ではなく海に暮らすクジラたち。大きな体で悠々と大海を泳ぎまわる彼らもひとたび水から上がればその巨体も災いし、瞬く間に絶命の危機を迎えてしまいます。

では、「なぜ彼らはストランディングすることになったのでしょう?」── 死因を特定するなどしてその謎を明らかにし、まだ知られていない彼らの体の仕組みを一つでも多く解き明かすため、腐敗が進む前にできるだけ早く現場に駆け付けて、今日も先生は彼らを解剖するのです。

決して大柄ではない先生がクジラ包丁を手に、地球上最大の哺乳動物をその血や脂、強烈だというニオイにまみれて解剖する苦労はなかなか想像できるものではありませんが、いつなんどきストランディングの連絡が入っても即駆け付けられるよう、スマホを「片時も離さず持ち歩いている」のだそうです。

ちなみにイルカとクジラはいずれも鯨偶蹄目・鯨類に属し、生物学的には全く同じ。先生によると、「可愛くて小さな歯クジラを『イルカ』と呼んでいます」とのこと。へぇ〜!
ここで “表情筋” に触れた先生。私たち同様、イルカたちにも表情筋があるのだそうですが、哺乳類にとっての表情筋は可愛い表情を作るため、などではなく、チューという口をして母乳を吸うため、のものなのだとか。ヒトが喜怒哀楽を表現で きるほど表情筋を発達させたのは、二次的な目的に過ぎないのだそうです。へぇ〜!!

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さて、このトークのテーマは、“標本” にも及びます。さすがにクジラの標本を運ぶことはできないため、見事な骨格標本は 国立科学博物館でご覧いただくとして、それでも歯クジラの歯とヒゲクジラのヒゲ板を持ち込んでくださった先生は、クジラよりは気軽に移動させられる海の哺乳類、アザラシの標本も 2 体、会場へとお持ちくださいました。

トーク終了後、子どもたちは標本をのせたテーブルへと集まり、目を輝かせながら思い思いの視点で観察し、それぞれのペ ース・感性で先生に質問をぶつけたのです。

博物館では大概、柵の中や展示ケースの中に恭しく並べられる標本が、あろうことかスグ目の前。しかも!! クジラの歯 もヒゲ板も、丁寧に毛皮を剥がし、腐敗しないよう慎重に乾燥させて詰め物を施したワモンアザラシやゴマフアザラシも、 標本化した当のご本人、誰より海獣類に詳しい著名な先生の解説付きで観察できるというのですから、なんとも贅沢なお話しです。

次世代の教育に活かす、というのは標本の持つ大きな意義の一つ。海の生き物たちの存在を間近で、より深く感じるチャンスを得た子どもたち。“未来の博士” の種が撒かれた・・・まるでそんな瞬間に立ち会ったかのような、ひと時でした。

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↑「先生、こっちとそっちのアザラシって種類が違うの?」・・・奥がゴマフアザラシ、手前はワモンアザラシ

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↑「タケノコじゃないよ」・・・歯クジラの巨大な歯。結構重い

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↑「ヒゲ伸びちゃった!」・・・ヒゲクジラのヒゲ板。このヒゲでプランクトンや小魚を濾して食べる

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↑「かまないかな...」・・・平気だよ♪

えーっ!こんなに小さいの!?

▪第二部: ハチ編「小さなハチのひみつの生活」

地上最大の生き物・クジラのお話しに続いては現在約 100 万種が認められ、動物の中で圧倒的に数が多いばかりか、不思議 な特徴・習性を種それぞれに持っている昆虫のお話しです。
“小さい” ということもバリアになるのか、数少ないタマバチの研究者・井手竜也先生が登壇し、物語の舞台は大海原からいっきにミクロの世界へと突入です!

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世界最小の昆虫は 15 万種以上いるとされるハチの仲間なのだそうですが、井手先生が研究しているタマバチもとても小さ く、その存在に気づきさえしないレベルの個体も少なくありません。

そんなこともあって、小さいタマバチの方はピンボケしてしまいましたが(すみません)・・・画像【A】をご覧くださ い。赤い丸囲み内の上段が最大サイズのタマバチで、ボケてしまった下段の黒い “点” が最小サイズのタマバチです。他のハチと比べると、いかに体の小さい種類なのかがお分かりいただけることでしょう。

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↑画像【A】

タマバチという研究対象があまりに小さいため、井手先生のトークは会場の大型モニターを十二分に活用したものとなりました。 タマバチやその他のハチをモニターに映し出しては、ところどころとんでもない高倍率に拡大することで、大きさの違いを表現。そのたび、子どもたちからは驚きの歓声が上がります。

途中、いくつかクイズやお題を出した先生ですが、クイズの答えを先に表示してしまう!という大失態を犯して(笑)み んなの心を鷲掴みにしてから、「ハチの絵を描いてみて!」と、出題。 自分が思うハチを画用紙からはみ出さんばかりに描くコもいれば、サイズの再現もあったのでしょう。紙の角に小さく緻密に描くコも。それぞれ個性豊かなハチが白い紙の上に姿を現すなか専門家の井手先生が伝えたかったのは、ハチならではの体のつくり。羽はどこから生えているのか、足はどこからどのように伸びているのか、そして、ハチのカッコいい特徴の一つでもある 大アゴやお尻の針などを、ホワイトボードに自らイラストを描いて補足説明。先生はとても虫の絵がお上手なのです♪

知っていましたか? ハチ=刺すとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は刺すのはごく一部のハチ。しかもメスのみなのだそうですよ!

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↑カブトムシとの比較でハチの体を解説。先生の虫の絵は上手いだけじゃなくて、とても愛らしい

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↑ご家族みんなで「ハチってどうだっけ?」。お兄ちゃんはカメラに向かって、この表情。笑

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↑黒と黄色のシマシマが雰囲気出てるね!

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↑トリプターのジュニアスタッフもしっかり参加。これは・・・すでにアート!

さて、他の生き物たちと同じように、昆虫もまた子孫を残すため、さまざまな工夫と企てを持って長い時を生き抜いてきました。 ミツバチが足に可愛い花粉団子を付けて巣へと運んでいくのも子育てのためですが、タマバチの子育てスタイルはさらに ユニークで、実に戦略的といえそうです。

画像【B】をご覧ください。これ、植物の実や花ではなく、タマバチに卵を産み付けられて通常ではありえない形状のコブ ができてしまった、“タマバチに寄生された” 木の葉や茎、枝。クヌギやカシなど、ブナ科の木に寄生して子どもを育てる、タマバチは “寄生バチ” なのです。

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↑画像【B】

このコブは “虫コブ” と呼ばれ、タマバチの種類によって形状が異なるのだとか。 仕組みは完全には解明されていないのですが、産卵管を突き刺すといった物理的な刺激や分泌物等による化学的な刺激を植物に加えることで、「タマバチが植物を操作している」と、先生。 寄生された植物の一部が虫コブに変化する際、通常の組織から、より栄養をたっぷり含んだ組織へと作り変えられるそう で、タマバチは内側から栄養満点のそのコブを食べながら、羽化するまでの期間をぬくぬくと過ごすのだといいます。

小さい体に似ず、タマバチとはなんと戦略に長けた生き物なのでしょう ── 「それこそが、私がタマバチに惹かれた大きな理由です」と、先生は満面の笑みなのです。

トーク終了後の標本の観察タイムでは、先生による詳しい解説に耳を傾けながら、小さな虫の標本や虫コブの標本を “凝視” する子どもたち。

中腰になって子どもたちの目線に下り、キラキラとした表情で解説する先生もまた虫を追いかける夏休みの少年さながら。子どもと大人の境界線が曖昧な、ちょっぴり微笑ましい光景でもありました。

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↑先生を見上げる子どもたちの目は真剣で、子どもたちを見つめる先生の目はどこまでも優しくて...

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↑ジーッ ・・・ 対象が小さいだけに視力がモノをいう。ルーペがあったらよかったかなー

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↑虫大好き!という、参加者の中二の女の子。井手先生のご著書で予習して来場してくれました

まとめ

今年、「マイクロプラスチックが人間の血管から初めて見つかった」という衝撃的なニュースが世界中を駆け巡りました。 田島先生が解剖したクジラからは、先生が研究を始めた頃にはすでにプラスチックゴミが見つかっていたそうです。

今回、持参してくださったクジラの胃袋から取り出されたプラスチックゴミ(↓)を見た子どもたちも驚きを隠せない様子でした。
それらは海に捨てられたゴミというより、川などから流入したゴミなのだそうです。 海に行ったときだけではなく、日々の暮らしの中でもゴミはより慎重に扱わなくちゃいけないな、と、トリプターの面々も再認識したのです。

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↑田島先生が解剖したクジラの胃から出てきたプラスチックゴミ(右側)

歯クジラの歯が大きかったことやヒゲクジラのヒゲ板がタイヤみたいだったこと、動物園で死んで田島先生が剥製にした アザラシが、生前を想像させるほど可愛かったこと。そして、一頭のクジラの胃の中から出てきたプラスチックゴミが思った以上に多かったこと。 小さいからこそ数で対抗し、巣を襲撃してきたスズメバチを取り囲んで摩擦熱で撃退する「熱殺蜂球」は日本ミツバチな らではの秘技であること。そして、わずか 1~6mm という小さなタマバチが植物に寄生・操作して作った虫コブで、戦略的な子育てをしていること。

── そんな記憶のアレコレが子どもたちの中でいつか芽を出し、花を咲かせる栄養の一かけらとなりますように。

博物館に所属する研究者にとって、標本作り・収集は大切なお仕事の一つ。先述した通り、標本には「次世代の教育のため」という意味もあります。そして・・・

時が流れ、例えば 40 年経ったとしたら、今では考えられないような新しい技術が開発されているに違いありません。 田島先生や井手先生を含む先達が残してくれた標本はその時、過去の自然環境を知る大きな道しるべとなるでしょうし、 2022(令和 4)年には解明できなかったクジラやタマバチの真実を解き明かすための重要な材料ともなることでしょう。

その頃にはこのイベントに参加した子どもたちの誰かが研究の第一線でさらなる未来のために標本を作り・収集し ── そんなことを大人たちはチラリと夢見たのです。

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↑最後に設けられた、両先生への質問タイムにて。さらに穏やかな表情の田島先生と井手先生

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↑先生準備中。昆虫学者は手先が器用じゃないと大変だ!

文・写真:スタッフR

ー参考ー

本イベントの詳細は▷こちら